顧問弁護士

労働組合のトリセツ

1 おかしくないか?

あれよあれよという間にコロナ禍が世界中に広がり,生活様式が一変してしまいました。いや,放置すると生命にもかかわる問題ですから,無理やり一変させられた,と表現するのが正解でしょう。そのような中でも,人々の生命や健康を守ることを仕事としている医療労働者は,自分と家族への感染リスクを背負いながらコロナと闘っています。この二重に過酷な生活を強いられながら限界まで奮闘されていることに対し,社会から感謝と尊敬を受けております。ですから,当然に,相応のねぎらいと処遇を受けるべき立場にいます。

 ところが,2020年と2021年のTMC労組アンケート結果によりますと,生活実感として苦しいと感じている組合員が過半数を大きく超え,毎月3万円以上も賃金が不足している組合員が7割から8割を超えており,6割から7割以上の組合員が翌日まで回復できない疲労を引きずっています。その結果,両年とも実に8割以上の組合員が仕事を辞めたいと常に又はときどき思っています。

 このような医療労働者の社会から受ける評価と実態とのギャップに,驚かされます。

2 どのように決まるの?

 労働者の待遇を労働条件と言います。労働条件には,賃金や一時金,各種手当,労働時間や休暇・休憩,労働環境や安全衛生,職種や人事評価に関することなど,非常に多くの項目があります。これらは,どのように決まるのでしょうか。

 当然のことですが,社会の評価によって自然に決まるものではありません。使用者と労働者の間に,「労働条件を決めるための手続」があり,それによって決まるのです。

「労働条件を決めるための手続」と一言で言いますが,実はこれが非常に複雑で分かりにくいのです。

使用者と労働者は,労働契約を結ぶ(合意する)ことによって労使関係に入ります。労働条件はその労使関係での権利と義務の問題ですから,労働契約に定められています。ですから,労働者は就職したときに労働契約を結ぶことによって,労働条件について使用者と合意したことになるのです。また,労働契約のように長期間の契約(継続的契約と言います)は,必要な場合は変更することができることになっていますので,多くの労働契約では継続している途中で合意により契約内容が変更されます。

このように,労使の合意によって労働条件が決定,変更されることが原則です(合意原則)。

3 合意などしていないけど・・・

 就職したときにもそれほど詳しい労働条件について話を聞いた記憶は無いし,永年勤続者でも賃金や労働時間,あるいは人事評価などについて使用者と合意したことはない,という労働者がいると思います。合意原則と言いながら,合意なしで労働条件を使用者が決めたり変えたりして良いのでしょうか。

 結論を先に言うと,労働基準法などに反することはできませんが,法律で許された範囲内であれば,就業規則で定めることによって,例外として,労使の合意がなくても,使用者が労働条件を決定し,あるいは変更することができることになっています。

 就業規則は,もともとは多数の労働者が同じ事業所で就労する場合に,効率的に稼働できるよう就業時間や業務の流れ等の職場規律について,使用者が定めたルールでした。しかし,職場規律の中には,労働時間や休憩時間,職場環境,あるいは手当や賞罰,場合によっては賃金など,労働条件も含まれることもありました。それら労働条件が,労使の合意によって決まったものであれば就業規則に書かれても問題ありませんが,労使の合意がないまま就業規則に定められてしまった場合に,その定めが労働者に対して効力があるのかが,問題となりました。

 この点につき,最高裁判所は,就業規則が合理的な労働条件を定めている限り,労働者がその就業規則に合意していなくても,また内容を知らなくても,その労働者に適用されると,判決しました。さらに,就業規則を変更して労働条件を労働者に不利益なように引き下げることは原則として許されないが,変更した就業規則が合理的なものである限り,合意していない事を理由に適用を拒否できない,と判決しました。結局,使用者が一方的に作成する就業規則(労働組合は意見を述べることはできるが,同意は必要とされていません。)でも,内容が合理的であれば労働条件を決めて良いということです。

 そこで,「合理的」とは何かが問題となります。これは,労働者の受ける不利益の程度や,使用者が就業規則を制定,変更する理由などあらゆる事情を総合的に考えて,ケース・バイ・ケースで判断されることになりますが,労働者にとって重大なことは,自分が承知しなくても賃金などの労働条件が下げられることがあり得ることです。

 さらに,このような最高裁判所の判決を参考にして,合理的な労働条件が定められている就業規則が周知(誰でも知れるような状態にあること)されていた場合はその労働条件が労働契約の内容となる,という法律(労働契約法)が2007年に成立しました。したがって,制度として確立してしまったのです。

4 では,どうするか?

 実は,労働契約と就業規則の他に,労働条件を決めることができる重要な方法があるのです。それは,労働協約です。つまり,使用者と労働組合が団体交渉して妥結し,労働協約が作成された場合は,その内容が労働条件になるのです。この労働協約は,就業規則や労働契約よりも効力が強く,これに違反する労働条件は存在することができません。

 労働者が労働契約を結ぶとき,あるいはその後に変更するときに,個人で使用者と交渉して有利な労働条件を獲得しようとしても困難です。それだけでなく,現状の労働条件も就業規則の変更によって一方的に引き下げられてしまうおそれもあります。条件がととのえば,法律がそれを認めるのです。

そのような一方的な労働条件の引き下げを防止するには,あるいは現状の労働条件をさらに良くするには,労働組合が頑張って労働協約を作成する以外には,方法がないのです。

 また,労働組合は,労働協約を締結するような場面でなくても,現状の制度を運用するようなときにでも頼りになります。例えば就業時間をキチンと守らせたり,有給休暇を自由に取得するときなどで,労働者個人で上司と対応することが難しいような場合などに,労働組合を通じて制度のズサンな運用を止めさせることもできます。

5 労働組合が役割を果たせるか?

 労働組合は,労働者の労働条件を守り,発展させる上で,極めて重要な役割と権限を持っています。ご存じのように,労働組合を結成する権利(団結権),団体交渉権,団体行動権は,憲法で保障されていますが,重要性のないものなら,法制度の中で最も上位にある憲法で保障されることなどあり得ません。

 しかし,使用者も,労働組合が主張すれば何でも承諾する訳ではありません。団体交渉は,使用者と労働者の,労働条件をめぐる闘いなのであり,力と力の対決なのです。使用者は,資本力や人事権を持っており強大です。これに対して労働組合は,組合員の数の力しかありません。多数の組合員が強く団結することによってしか,労働組合の力は生まれません。

団結すれば本当に力が出るのか,疑問を感じるかも知れません。しかし,答えはイエスです。使用者は労働者が協力しなければ業務を行えませんから,労働者の協力を得るためには使用者も労働者の主張を認めざるを得ないのです。ですから,労働者がしっかりと団結すれば,労働組合は使用者と対等の立場で団体交渉をすることができるのです。

「労働条件を決めるための手続は非常に複雑で分かりにくい」と前に言いましたが,見方を変えると正反対で,非常に単純で分かりやすいのです。さまざまな制度はありますが,結局のところ「労働組合に団結し闘争を強化して,要求を勝ち取る。」この方法以外には無いのですから,問題の本質は非常に単純で分かりやすいのです。

以 上

とちぎメディカルセンター労働組合 顧問弁護士 一木 明